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言葉と一緒に歩けない20170807

こーどというのでひとしきり妻ともめる。
曰くあるコードが存在するよね感情を起因するような表現には、みたいな話を聞いて、それがポップミュージック的な意味でのコード理論、みたいなところで話をされていたところから持ち出されていたようなのだけれど、「コード???」ときゅうにいわれると、なんのことなのかわからなくなる。妻は丁寧に高い低いでもなく、硬い柔らかいみたいでもなく、、と言ってくれたけれど、僕は、それはわかっているんだけれど、、と思う。
ある感情を誘発するコード。たとえばドミソーみたいなやつが落ち着いて聞かれる、というのは、西洋音楽の歴史が発見したある状況なのだと思うし、「そういう感じがする=落ち着いたかんじがする」というのには異存はない。
でもわたしはそんなはなしがしたかったのではないのよ、と言われて、コードが合っていない、、と思う。正確には、コードはある時点まではあっていたのだけれど、それを分解しだしたときにもう合っていない。
お互い眠くなってしまっている、僕はあるコードが人になにかしらをもたらすからといって、それを濫用する
ことについて、よしと思っていない。それは直観的な気持ちよさからできた言葉を、転回することことについて躊躇しているのだと思う。
「そんなことが言いたかったわけじゃないのに」ということで、お互い落ち込む。
ラ・ラ・ランドを観れば解決するというたぐいのものではないのだ。
腹の言葉で話していたところに、急にこーどという言葉がやってきて、それで何かがつながると思ったことが、とてもあやしく不思議に思われる、それはあなたのしたいことではないし、思うことではない。コードはコードだ、どの意味においても。
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